歴史好き芸人はどこに注目した?

取材・文/神武団四郎
<歴史好き芸人はどこに注目した?>戦国女性はめっちゃ強かった!?
歴史好き芸人・ブロードキャスト!!房野史典が激推しする『レジェバタ』必見ポイント

ついに公開された、織田信長と濃姫との知られざる物語を描く歴史超大作『レジェンド&バタフライ』。今回は、お笑いコンビ「ブロードキャスト!!」で活躍する一方、歴史マニアとして戦国武将や幕末関連の著書を複数持つ房野史典へのインタビューを敢行。歴史好き芸人ユニット「ロクモンジャー」を結成したり、YouTube などのメディアでも歴史を語ったりしている房野に、歴史好きだからこそ響いた『レジェンド&バタフライ』の魅力や注目ポイントを聞いた。

房野に映画の感想を聞くと、「言葉を選ばず言わせてもらえばですが…」と前置きし、「キムタク、めちゃめちゃかっけー!ですね(笑)」と一言。「製作費20億をかけた豪華な世界で、木村拓哉さんと綾瀬はるかさんが縦横無尽に駆け巡る感覚がすごくおもしろかったです」と興奮気味に振り返った。実は房野、かつて木村が若き日の信長を演じたドラマ「織田信長 天下を取ったバカ」の大ファンだったという。このドラマのエンディング曲がエリック・クラプトンの「Change The World」だったことから、歴史好き芸人のLINEグループの名前を「クラプトン」にしていたほどだそう。「『天下を取ったバカ』のドラマは尾張の内乱までのお話で、ずっとその後が観たいと思っていましたが、この映画は(信長の)ラストまで描いてくださってるじゃないですか。しかも木村さん、50歳になられたんですよね。信長は数えで49、満年48が享年だからぴったりなんです!ほぼ同じ年で信長を演じてらっしゃる、そんなところにも注目してほしいです」

とにかく歴史が好きで、最新の歴史研究を追いかけつつ「13歳のきみと、戦国時代の『戦』の話をしよう。」、「時空を超えて面白い!戦国武将の超絶カッコいい話」など、歴史を噛み砕いて解説するのが得意な房野。彼の視点で見ると、『レジェンド&バタフライ』には興味深い描写がたくさんあるという。「まず桶狭間の戦いの前、今川(義元)の大軍勢が攻めて来ると知った信長が家臣を集めて会議をするシーン。重要な会議のはずですが、ひげ面の柴田勝家(池内万作)に向かって『ごんろく(勝家の愛称)!』と名指しして、なにを言うかと思ったら『ひげ似合ってんな』って(笑)。でも、実際この会議はちょっと世間話をしたくらいで終わったとも言われているんです。映画ではコミカルなシーンになっていますが、実は史実がきちんと踏襲されているんですね」

その後、打つ手なしの信長は、濃姫と2人で戦法を作り上げていく。「ここで濃姫は、『相手は夜通し歩いて疲れているけどこっちは体力が残っているから、敵が引いたら押せ、押してきたら引くを繰り返せ。敵を倒したら末代まで名が轟くぞ』みたいなことを信長に言いますよね。実はこのセリフ、信長に仕えた太田牛一という人が書いた『信長公記』に書かれている信長の言葉なんです。ひょっとしたら濃姫の言葉を信長がそのまま家臣に伝えて、それが後世に残ったのかも…と妄想できておもしろいですよね」と指摘。さらに4万5千と伝えられた今川軍の数を、せいぜい2万5千くらいだろうと推測した濃姫のセリフにも注目した。「4万5千と書かれた史料もありますが、実際は2万から2万5千くらいという説が正しいのではないかと言われています。ほかにも、下戸だった信長が無理して酒を飲む姿を描いたり、細かいところに史実を反映している点にもおもしろさを感じます」

映画のオープニングでは、織田家に嫁いでくる濃姫を待つ信長の様子が映しだされる。鏡を見ながら髪型や衣装を整える姿は、初デートに臨む青春映画の主人公のようにも映る。房野はこの描写にも感心したという。「信長はワックスでヘアセットするみたいに(笑)髪の毛先を散らしたり、眉の太さを気にしているし、犬千代(のちの前田利家/和田正人)たち周りの小姓もみんなチャラいキャラクターになっていて、まるでコメディですよね。でも“うつけ”と呼ばれた信長ですから、取り巻きを含め全員ちゃきちゃきだったはず。衣装やセットがリアルに作り込まれているので、“遊び”のシーンでも浮いた感じにならないんでしょうね」

信長といえば目的のためには手段を選ばない豪腕な革命児というイメージがあるが、房野によると数年前から信長像は変化してきているという。「中世(戦国時代)の最後に近世(江戸時代)に向かって革命を起こしたように言われていますが、研究が進み最近は保守的な信長像が当たり前になっています。全国制覇のように思われていた“天下布武”という宣言も、実は足利将軍をサポートして畿内(現在の京都、奈良、大阪)を平和にしますよという意味なんです」と解説。『レジェンド&バタフライ』は濃姫を絡めることで新しい信長像を描いていると、映画の視点を賛えた。

信長と二人三脚で戦乱の時代を駆け抜けるのが、美濃を治めていた戦国武将、斎藤道三(北大路欣也)の娘である濃姫。信長の正室だが、その素性は謎に包まれている。「平たく言えば情報ゼロ(笑)。たしか『信長公記』でも婚儀のことくらいしか書かれてなかったと思います」とのことで、彼女に限らず歴史上の著名な女性について詳細不明は珍しくないという。「豊臣秀吉(音尾琢真)の正室、高台院(通称ねね)のように名前がわからず戒名で呼ばれている人もいますから。ただし、濃姫さんは戒名すらわからない。だからこそ自由に描けるんですね」

アクションでも定評のある綾瀬は、気性が荒く“マムシの娘”と呼ばれた濃姫を激しい殺陣を含めて熱演。房野にお気に入りのシーンを聞くと、道三が息子である高政の謀反に遭ったとの報せが届き、信長が美濃に向かおうとするシーンを挙げた。「止めようとする濃姫に、お前の父上と兄が争っているから行くんだと信長が説明していると、道三が死んだという一報が届く。それを聞いて、勝ち気だった濃姫が少女みたいに泣くところです。信長が見せる優しさもよかったですね。まだ、2人は打ち解けていませんでしたが、ちょっと距離が縮まったことが伝わる、とてもいいシーンでした」

そんな濃姫について、房野は包容力のある女性をイメージしていたという。「いつもニコニコしているけど、ちょっと芯が通った感じでイメージしていました。でも綾瀬さんはそのだいぶ上を行っていましたね。もう芯しかないという(笑)」と笑いつつ、戦国時代には武術に長けた強い女性は珍しくなかったと明かす。「お父さんが一番で女性は下という家父長制の価値観は、江戸時代に形成されたものなんです。この時代、今川義元のお母さんの寿桂尼は城主を務めていましたし、数年前にNHK大河ドラマで描かれた『おんな城主 直虎』の井伊直虎なんかもいます。秀吉の側室の淀殿(信長にとっての姪)も政務を取り仕切っていましたし、徳川家康の側室の阿茶局さんも大坂の陣で交渉役という重要な役割担いましたから、今回の濃姫くらい前に出る女性がいてもおかしくないんです。めっちゃ強い女の人、絶対いたと思います」と力説した。

信長と濃姫を中心に、様々な歴史上の人物が活躍する本作。2人以外で房野がまず注目したのは明智光秀(宮沢氷魚)だ。「なぜ光秀が信長を裏切ったのか?その動機は明確にわかっていないので、作り手の腕が試されるポイントです。映画で描かれているその動機は、狂気じみてるし、ロマンもあってよかった。比叡山延暦寺の焼き討ちも以前は信長の独断のように言われ、信長の暴虐ぶりを強調するエピソードとなっていましたが、一番活躍したのは光秀だったようです。そのあたりもこの映画は史実に近く描いているということになりますね」

そんな光秀が家康の饗応役(もてなしをする接待係)を信長から任された際に、不手際があったことから足蹴にされる有名なエピソードは、映画ならではのフィクションが盛り込まれていたという。「映画では饗応の際に足蹴にされていましたが、武田家を滅ぼした1582年(甲州討伐)の直後やほかの場面でも折檻された説がいくつかあって、映画はその一つを採用したという感じですね」と指摘。家康のキャラクターもお気に入りだという。「家康役の斎藤工さんがめちゃくちゃよかったです。どこか狂気じみているし、相手の心を見透かすようなセリフを吐いたり、あんなに悪い家康見たことない(笑)。脚本は現在放送中の大河ドラマ『どうする家康』で弱気な家康を書いている古沢良太さんですが、いったいどんな気持ちで、この対照的な家康を書いていたんでしょうね(笑)」

信長の周りには、前田利家や秀吉のほかに、丹羽長秀(橋本じゅん)や森可成(武田幸三)、蜂屋頼隆(野中隆光)、池田恒興(髙橋努)など次の世代に活躍する武将たちがそろっている。「ぱっと見でこの人はあの人物だな、とわかる人もいれば、さりげなく隣にいたのがあの武将だったのか!となる人もいます」と、見た目などの特徴から彼らを探すのも、歴史好きにとってはお楽しみだそうだ。

その一方で、房野が最も胸アツな存在だと語るのが、中谷美紀が演じた濃姫の筆頭侍女である各務野。「各務野役の中谷さんは先に話した『織田信長 天下を取ったバカ』で帰蝶(濃姫)役を演じ、ナレーションもされていたんです。だから、『俺のために出てくれたのか!?』というくらいうれしくて(笑)。今回は笑いの部分も見せながら、母のように濃姫を見守ったりといろんな感情が乗っかっていて、とにかく素晴らしかったです」と絶賛する。コメディ要素については、斎藤道三役の大御所・北大路欣也の存在感にも舌を巻いたという。「信長への嫁入りを濃姫に告げる際に、彼女がなにかを言おうとするとたび遮ってしまうやり取りを繰り返すところは、ほんと笑わせてもらいました。大俳優と言われる方は、こんなお芝居も見せてくれるんですね」。続けて、信長の父、織田信秀(本田博太郎)の描かれ方も房野にとっての注目ポイント。「本田さんも大ベテランとして有能な武将である信秀の存在感を発揮されていました。教科書ではほとんど信長のことしか学べないかもしれませんが、父親の信秀もすごい人なんです。戦もそうですが、水運を利用して経済を活性化させて地盤を築くなど、信秀がいたから信長も活躍できたと言えます。その父、信長のおじいちゃんの信定も名をなした武将だから、実は信長は血筋も立派なんですよ」

最後に、本作がどのような人にハマりそうかを尋ねると、「世代もなにも関係ない」ときっぱり。「歴史が苦手な人でも世界に入りやすくて、時代劇だからと気張らずに楽しめるんです。歴史ものってある意味“ネタバレもの”で、信長のお話なのでやっぱり“本能寺の変”がラストなんですが、フィクションを絡めてめちゃめちゃせつない展開になっていて、すごくエンタメしています。軽い気持ちで楽しめて、でもしっかり重厚感も味わえる。誰にでもお薦めできる映画だと思います!」

取材・文/神武団四郎