歴史ギークの“キング・オブ・戦国武将”解説

取材・文/イソガイマサト
有能なヤツ大歓迎! “ベンチャー・スピリット”の塊な信長は、戦国時代のイーロン・マスク!?「コテンラジオ」ヤンヤンが語り尽くす

映画『レジェンド&バタフライ』をより深く楽しむためのWEBマガジン「レジェバタ公記」。本作の主人公である信長の名前やその功績をなんとなく知っていても、実のところ、なにがそんなにスゴかったの?という疑問を持っている人も多いはず。そんな知っているようで意外と知らない“キング・オブ・戦国武将”について、学校の授業では学べない国内外の歴史のおもしろさを紐解く歴史インターネットラジオ「コテンラジオ」のMC、ヤンヤンこと楊睿之(よう・えいし)氏に教えてもらった 。

映画『レジェンド&バタフライ』は誰もが知る信長の物語をこれまでとはまったく違う視点で描いているが、そんな本作を歴史ラジオのMCはどう観たのか?公開に先駆けて本編を鑑賞したヤンヤンさんに 訊いてみると、「この題材で濃姫をフィーチャーしたところに新規性があるなと思いました」と瞬時に返ってきた。

「濃姫は史料があまり残っていない人物。戦国時代を舞台にしたゲームや小説では登場するんですけど、彼女を主人公レベルでフィーチャーした映画はなかなかないんです。しかも、織田信長の人格の一部を濃姫という人物を通して描いているところが新しい。例えばそれは、“桶狭間の戦い”に向けての軍議を信長と2人で行ったり、京への上洛のあと押しをしたりするところです。当時の女性はそういった話を夫とできる立場にはなかったですし、信長と濃姫が相談して決めたという記録も残っていないので、おそらくフィクションも入っていると思いますけど、そのあたりの構成が意表を突いていて、おもしろかったですね」

ヤンヤンこと楊睿之(よう・えいし)氏

映画の前半では、信長と濃姫が夫婦喧嘩する様子もコミカルに描かれるが、ヤンヤンさんはそんな2人の共通点にも着目する。「大友啓史監督と脚本の古沢良太さんは、信長と濃姫を“戦国時代のルールやセオリーから外れた似たもの同士”として描くことを意識されたのかもしれませんね。濃姫の気が強いところや武芸が達者なところにそれが見て取れるし、彼女が『南蛮に行きたい』と、まるで自己実現を目指す現代人のような夢を語るところにもそれが表れていました。対する信長は、言うまでもなく反逆児。そんな伝統的な価値観から傾(かぶ)いてしまった者同士がバチバチにやり合いながら、共に時代を生き抜こうとするも叶わず戦国の世のシナリオに絡め取られて潰えていく。だとしても、2人の火花のような生き様が織りなす人と人とのありのままの情感が、いまの僕たちにも共鳴するような、時代を超えた普遍性のある物語に昇華していった描き方をおもしろく拝見しました」

また、劇中で描かれる濃姫の“弓の上手さ”についても指摘する。「今川義元が海道一の弓取りと呼ばれたように、実は武士は刀以上に、弓の実力が評価されていました。だから映画中で描かれた濃姫の弓の上手さが、彼女の中にある武士成分の濃さを正しく表現できているように思いますし、当時の武士の視点を踏まえたリアリティある演出です。女性ながら武士の基礎スキルである弓の強さを身に着けている武者ぶりが、弓の腕がいまいちな信長の滑稽さとも相まって、彼女の異質さが強調されているように思います」

では、誰もが口をそろえてNo.1の戦国武将に挙げるであろう信長はなにがそんなにスゴかったのか?という命題をストレートにぶつけてみると、「織田信長は、非常に合理的な人間なんですよ」という答えが。ヤンヤンさんによると、戦国時代もそれまでと変わらず世襲制は続いていたが、信長は父、信秀から土地や家を受け継ぐ世襲をベースにしながらも、とことん“実力主義” の采配を実践したのだという。「実力主義を、わかりやすく現代の言葉に置き換えると“ベンチャー・スピリット”。 “自分の実力でのし上がってやるぜ!”というマインドを持った人たちは、戦国時代にも結構いたんです。なかでも信長は、主君として、実力ベースの人材採用と評価を実力ベースをかなりの程度までやり切った人ですね。そんな武将は信長以外にはいなかったと言われています」

信長の実力主義を象徴するものとして、ヤンヤンさんは羽柴秀吉(豊臣秀吉)を例に挙げる。「もともと秀吉は、どこの馬の骨ともわからない百姓の子ですよ。でも、信長は彼が有能だと思ったから引き入れた。同じように、血縁や、自分とのつながりがそんなにない武将でも、能力を見込んだら自分の陣営や親衛隊にどんどん組み入れていった。そのような人材戦略が時代のうねりにバッチリはまり、彼の経営センスとも相まって、天下に布武できるトップにまで信長は登り詰めることができたんです」

その成果の表れとして、桶狭間の戦いのあと、7年の歳月をかけて美濃を平定した信長が、一度は京都を追われた足利義昭を奉じて上洛を果たし、義昭を将軍の座に就けることに成功したことを挙げる。「上洛はハイリスク、ハイリターンなんですよ。上洛には官職をもらったり、地位の高い肩書きが得られたりするなどのメリットもあれば、デメリットもあるんですよね。上洛にはお金も時間も、それを実行する能力も人材も必要です。京に上る道中では敵を倒したり、同盟を結んだりしなければいけないので軍事力のみならず、外交力も必要。さらに、そもそも自分の領国の支配基盤が固まっていないと上洛は難しい。上洛で領国を離れている間に反乱が起きたり、下剋上に遭ったりしますから。領国の整備ができて初めて上洛ができるわけですけど、信長の“実力ベースの人材採用”が、ここでも機能したと思います。明智光秀は将軍、足利義昭に仕えていましたが、めちゃくちゃ有能で、足利義昭のもとを離れ信長の部下になります。信長も全幅の信頼を彼に置くようになり、のちに親衛隊長のような役職に明智光秀をつけたんです。映画の中では、信長上洛の意思決定に濃姫が大きな役割を果たしていましたね」

そこでは、信長の家臣になった武士たちの心理も大きく作用しているようだ。「儲かっているベンチャー企業には、誰もが入りたいと思いませんか?それと一緒で、信長につけば単純にお金や食い物、土地や領民がもらえる。最初はそんなに賃金がよくなくても、結果を出せば金額が増えたり、役職がもらえたり、たくさんの家臣が持てるかもしれない。そういった期待感が信長にはあったと思うし、 実際、信長は与えるものはちゃんと与えていた。結局、その時代のキャリアアップの王道をちゃんと踏めた人が成功するんです。それは名を成した武将たちに共通することですけど、そこに徹底した実力主義という当時においてはキャリアアップの邪道をやり切ったのは織田信長だけと言ってもいいです」

一方、有能な武将たちを周りにつける実力主義は諸刃の剣。結果的に信長は、武士たちの競争心を煽り、能力さえあればのし上がれるという野心をブーストさせてしまった。「だから信長の周りでは裏切りが横行したし、最先端の人材採用戦略をとったがゆえのリスクも同時に甘受しなければならなかったわけです。それこそ、自分の一番近くに置いて、仕事を任せた以上、全幅の信頼を置いたのが有能な明智光秀ですから、わざわざ裏切る隙を与えてしまったようなもの。だから“本能寺の変”は起こるべくして起きたとも言えます。本能寺で討たれなくても、信長はいずれどこかで殺されていたでしょうね。だから“是非に及ばず”なんです」

ヤンヤンは、信長が後進の武将たちにもたらしたものは戦績以上のものがあると言う。「日本を最初に統一した人ですからね。みんながなんとなく思い描いていた夢を目の前で実現させた人は、あとに続く人たちの世界への認識の形成に多大な影響を与えます。例えば、いまちょうど、世界初の飛行機パイロットであるライト兄弟について勉強しているんですが、人間は昔から『空を飛べたらなあ』という夢自体は持ち続けていた。ライト兄弟が実際に大衆の目の前で飛んで見せたことで、人々は『人間は本当に空を飛べるんだ!』『こうやって飛べばいいんだ!』といった観念を、実現可能な未来像として手に取るような感覚を得ることができたわけですよね。織田信長の場合もそれと同じです。信長自身が意識していたかはともかく“天下は統一できる”という前例をあとに続く人たちに知らしめた功績は、大きかったと思います」

ここまでの知識や想像を踏まえて『レジェンド&バタフライ』を観ると、映画が描く織田信長と濃姫の見え方も変わってくるかもしれない。「信長と濃姫は時代のセオリーから外れた価値観を持った反逆者同士と言いましたが、時代や立場もあり、結局はセオリー通りに生きざるを得なかった。特に信長は人間である前に戦国大名なので、戦国時代のセオリーに従って生きるしかなかった。だから他国を次々に攻め滅ぼすし、お寺の僧侶を含めた大量の人々を殺しまくって権力を手に入れていった。この映画では、それを実践する信長が無理をしているような描き方をしています。部下の死を悔んだり、飲めない酒をカッコつけて飲んだり、人知れずリタイアして濃姫との南蛮への旅を夢見たりと。生身の人間としての姿と戦国武将としてあるべき生きたとの相克の苦しみを描いていたのが印象的でした」

そんな信長の苦しみは濃姫との恋模様に最も色濃く反映されている。「本作は、時代のシナリオに沿って生きなければいけなかった一組の夫婦の悲哀を描いています。それが象徴的に表れるのが本作でも重要なポイントで出てくる、織田信長の有名な言葉です 。“人間”織田信長の本心、本当の想いが最期にやっと出てくる。これが、この映画が描きたかったことの本質なんじゃないかと思います。つまり、当時の人たちは自分の本心を死ぬ直前にしか吐露することが許されなかった。そんな哀しみが描かれていて、胸が熱くなりました」

最後に「織田信長がもし現代に生きていたらなにをすると思いますか?」という質問をすると、ヤンヤンから次のような答えが返ってきた。「たぶん、イーロン・マスクと同じようなことをやっていると思います。現代人に通じるような能力主義を実践したり、合理的な発想をした人ですから、この時代でもほかの人とは異なるフォーマットの破天荒な生き方をするような気がします。例えば、宇宙に行こうとするとかね。もちろん濃姫を連れて(笑)。天下統一目前まで登り詰めた信長ですから、それぐらいのことは考えると思いますよ」

取材・文/イソガイマサト