脚本家・古沢良太が語り尽くす!【後編】

取材・文/木俣 冬
脚本家・古沢良太が『レジェバタ』に込めた想い「歴史に残らず、人知れず消えていく蝶の羽ばたきこそを描きたい」

映画『レジェンド&バタフライ』をより深く楽しむためのWEBマガジン「レジェバタ公記」。今回は、本作を新たな時代劇に仕上げた立役者・脚本家の古沢良太にインタビューを敢行。聞き手は、『コンフィデンスマンJP』や大河ドラマ「どうする家康」のノベライズも務める木俣冬。企画の立ち上げから語った前編に続き、後編では、劇中のカギを握るアイテム“三脚蛙の香炉”など、古沢良太ならではのくすぐりポイントを語ってもらいました!

撮影/成田おり枝
――2時間48分と長いですが、古沢さんとしてはどのくらいの時間規模で書いたのでしょうか?

古沢「僕は2時間切るくらいの気持ちで書いていました(笑)。あれでも相当切っていますからね。台本にあったシーンのみならず、すごく予算をかけて撮ったシーンもだいぶ落としていると思いますよ。ディレクターズカット版を作ったら『地獄の黙示録』みたいな感じだと思いますよ(笑)」

――大友監督は脚本にどのような意見を出されていますか。

古沢「1回飯食って少ししゃべっただけなんですよね」

――プレスシートによると、大友さんが『「第一稿で撮れる!」と思える脚本は、僕のキャリアで初めてのことでしたね』とコメントされています。

古沢「とりあえず書いてみますと言って提出した初稿で結構気に入ってくださいました。僕はもちろん監督の『るろうに剣心』シリーズも観ていたし、大河ドラマ『龍馬伝』や土曜ドラマ『ハゲタカ』も観てファンでもあったから、撮影はお任せしますという感じでした。どんなふうに出来上がっているかは、東映のプロデューサーの須藤泰司さんが定期的にメールで現場の写真を送ってくれました。『現場がすごいことになっている』というメールを読み、写真を見て、確かにえらいことになってるな…と思いながら出来上がるのを心待ちにしていました」

――途中で信長と濃姫の激しいアクションがあります。東映バイオレンスを意識したのでしょうか。

古沢「僕はまったくバイオレンスにするつもりはなくて…。もちろん切り倒していくっていうふうには書きましたけれど、『ローマの休日』みたいに、京都の街にお忍びでデートに出たらチンピラに絡まれて否応なく応戦する、みたいなシチュエーションを想像して書いていたものなんです。そうしたらすごく壮絶なシーンになっていました(笑)。でも、多分リアルに当時の荒れ果てた京都の裏側――スラムみたいなことを再現しようとするとああなるっていうことだと思います。2人はああいう死と背中合わせの世界に生きているんだなということがあのシーンですごくわかりますよね」

――木村さんと同世代の古沢さん、木村さんが50歳で古沢さんも23年に50歳。信長が「人間五十年」(「人間五十年、下天(化天)の内をくらふれハ、夢幻の如く也」)と『敦盛』を舞いますが、50歳に何か感じることはありますか。もちろん戦国時代とは違いますが。

古沢「やっぱり欲望とか自我みたいなものって減っていきますよね。それが老いなのかもしれないですけど。自分が何かを成し遂げてやろうとか、自己顕示欲が減っていって、周りのためになにか役に立てればいいなという気持ちも増えてきますよね」

――信長の30年もの長い戦乱の歴史を入れていくうえで、どこを残してどこを省くか、選択が大変だったのではないかと思いますがいかがでしたか。

古沢「僕はそもそもいま残っている歴史はフィクションだと思っているところがあります。いま残っている歴史は、勝者が都合のいいように語り継いだものですから、どう解釈しても自由だと思っているんです。日々いろんなことが起きるなか、大きな事件や出来事は歴史として残っていくけれど、小さな出来事は誰も知らずに、歴史に残っていかない。それは仕方のないことかもしれませんが、小さな出来事の積み重ねで、大きな出来事も起こっているはずですよね。そういう現象を“バタフライ・エフェクト”と言います」

――蝶の羽ばたきが原因で、遠く離れた場所でトルネードが起こるというものですね。

古沢「トルネードは歴史として残るけれど、蝶の羽ばたきは人知れず消えていきます。僕にはその蝶の羽ばたきのほうを描くことが重要で、トルネードという歴史は誰もが知っているのだからわざわざ描かなくていいと思ったんですよ」

――なるほど。それって『レジェンド&バタフライ』のバタフライとかかっているんですか?

古沢「たまたまです(笑)。『レジェンド&バタフライ』のバタフライは濃姫の別名・帰蝶が由来ですから。でも、それもいいですね。後付ですが、バタフライ効果にもかかっている…ということにしましょう(笑)」

――そう言われるとレジェンドも歴史にかかって見えますね。

古沢「(笑)」

――古沢さんは大河ドラマ「どうする家康」では家康をメインに描いています。そこにも信長も出てきますが、信長も『レジェバタ』の家康も、「どうする家康」とは全然違います。『レジェバタ』では家康の出番は控えめにしようと意識しましたか。

古沢「大河があるから家康はあまり出さないというつもりはなく、夫婦の話が主なので、信長と家康の絡みは多く出せなかっただけです(笑)。そもそも僕には、信長も家康について『レジェバタ』と大河2作で同一人物を描いている感覚は全くないんですよ。まったく別々の作品という意識なんです。僕は史実を描くことよりも、それをきっかけにして僕の中から浮かんできた物語を描きたいので、できるだけ勉強はしたうえで押さえておかなくてはいけない大きな史実を押さえたら、あとは忘れるようにしています。だからこそ、それぞれ違った物語が立ち上がっていくのだと思います」

――実際にある小道具のチョイスがいいですよね。三脚蛙の香炉の使い方がいいなと思いました。

古沢「本能寺を見学したとき展示されていたものが印象に残り使うことにしました。ほかにはリュートという楽器は、須藤プロデューサーから信長も聴いていたかもしれない南蛮の音楽を教わってCDを聴いたときに、使おうと思いつきました。夫婦のラブストーリーなので、ホームドラマのような日常の些細なやり取りもたくさん描きたくて、できるだけ具体的なアイテムを活かそうと心がけました」

――描いていて楽しかったキャラクターはいますか。

古沢「ほとんど信長と濃姫のシーンなので、やはり2人を描くことが最も楽しかったですが、2人以外では各務野(中谷美紀)とすみ(森田想)という濃姫の侍女。このふたりはチーム濃姫といった感じで最初から最後までずっと出番があるので書きながら愛着が湧きました。それに比べると、信長周りの人間は時代時代でどんどん変わっていきます。変わらないチーム濃姫との対比で信長の孤独みたいなものが出せたかなという気がしています」

――お話を聞けば聞くほど信長と濃姫は魅力的なパートナーですね。

古沢「陳腐な言葉になってしまいますけれど、信長と濃姫は性別関係なく人間と人間として深い絆を築いたというふうに描いたつもりです。政略結婚からはじまった2人がどこに行き着くか最後までお楽しみください」

取材・文/木俣 冬