脚本家・古沢良太が語り尽くす!【前編】

取材・文/木俣 冬
“政略結婚カップルの戦国ラブコメ”から始まった古沢良太の脚本の旅。
「信長というキャラクターを考えていくうちに、スター木村拓哉と重なった」

映画『レジェンド&バタフライ』をより深く楽しむためのWEBマガジン「レジェバタ公記」。今回は、本作を新たな時代劇に仕上げた立役者・脚本家の古沢良太にインタビューを敢行。「木村拓哉さんのラブストーリーをもう一度見たい!」という想いが古沢にとってモチベーションの一つだったそう。聞き手は、『コンフィデンスマンJP』や大河ドラマ「どうする家康」のノベライズも務める木俣冬。たっぷり語っていただけたので、スペシャルに前後編でお届けします!

――『レジェンド&バタフライ』(以下『レジェバタ』)は史実と想像が見事に組み合わされたおもしろいエンタテインメントでした。古沢良太さんは歴史や戦国時代にもともと詳しかったのでしょうか。

古沢「教科書に書かれていることよりは多少知っていると思いますけれど、あくまで人並みだと思います。胸を張って『歴史好きです!』みたいなことは口が裂けても言えない程度の知識でしたが『レジェンド&バタフライ』を描くにあたり勉強を深めました」

――『レジェバタ』の企画の立ち上げはいつ頃ですか。

古沢「2019年ごろだったと思います。元々、戦国時代に政略結婚で結ばれたカップルによるラブコメみたいなものをやりたいと東映さんに相談をしていたところ、それとまったく別に、木村拓哉さんで織田信長の映画をやる企画を打診されたんです。具体的な内容はなにも決まってなくて、ただそのまま普通の信長映画を作ってもどうなんだろう? と悩んでいると言うから、僕のやりたかった政略結婚をモチーフにしてはどうかと、信長と濃姫という政略結婚カップルのラブコメにしてよければやってみたいという話をしました。僕は最初、名もなき武将で政略結婚ものを考えていましたが、信長と濃姫という超有名人でやることで映画としてのインパクトが大きくなると思ったんです。そこでまず、簡単なプロットを作って木村さんにも意見を伺いました。木村さんは信長に思い入れがあるので、ただのスイートなラブコメではなく、しっかりした信長映画にしてもらえるのであれば…というようなニュアンスで意見をくださって、でも決して悪い感触ではなかったので、政略結婚を軸に信長の生涯を描ききるものに取り組んでみますと。そこから歴史も勉強して…京都や滋賀の安土城などをシナハン(シナリオハンティング)し、取材も重ねたうえで脚本を書きました」

撮影/成田おり枝
――大友啓史監督はいつ頃参加されたのでしょうか。

古沢「企画が動き出してからです。『書いてみます』と返事をしたまま、僕もいろいろ仕事を抱えていたので、勉強をしながら構想を練る時期が長くあって、その間に綾瀬はるかさんが決まり大友さんが決まり、プレッシャーだけが増えていって…。そのうえ、脚本を書き終えて、製本されたものが送られてきたら、そこに“東映創立70周年記念作品”と書いてあって、さらに大作の重圧がのしかかっていきました(笑)」

――木村拓哉さんは過去にも信長役を演じていらっしゃいます(編集部注:1998年にTBSで放送されたドラマ「織田信長 天下をとったバカ」。その時の濃姫役は中谷美紀だった)。古沢さんのなかで“木村さんにだったらこういう信長を当てて書きたい”というような発想はありましたか。

古沢「僕はほぼ木村さんと同世代で、木村さんのラブストーリーも好きで見ていたから、木村さんのラブストーリーをもう一度見たいという想いが僕のモチベーションの一つでした。結果、映画でもそういう木村さんを随所で堪能できると思います。もちろんそれだけじゃないですけれど。もう一つは、信長というキャラクターを考えていくうちに、木村さんと重なる部分もあると思ったんです。地方都市のやんちゃな若者から天下人に上り詰めていった信長は、現代人の誰ひとりとして、実際に会ったことがないにもかかわらず、一般的に共通した強烈なイメージがあります。本人がそれを望んだかどうかわからないけれど普通の人とはまったく違う人生を歩んだ末、勝手にイメージが独り歩きしたり、誤解が世間に行き渡ったり、孤独を抱えたり…というようなことが信長にはあるのではないだろうかとつい想像しますよね。それがスター木村拓哉さんとも重なるのかなって、僕は勝手に少しだけ思って。そういう信長に出来たらいいな、と考えながら書きました。うまく出来たかどうかは別ですけれど」

――そのカリスマの意外な面をライバルでもなく部下でもなく妻だけが知っているのがいいですね。政略結婚というのはどこにおもしろさがあると思いましたか。

古沢「好きでもない相手や、会ったこともない、むしろ敵対しているような関係性の相手と戦略上の理由で夫婦にさせられることは、そもそもラブストーリーに必要不可欠な絶好の枷です。信長は桶狭間の“奇跡の勝利”にはじまって武功を成し遂げることによってどんどん大きくなっていく。そのなかで、夫婦の関係も変わっていくだろうし、愛情や絆やすれ違いというものもたくさん起こるでしょう。それはすべて、ラブストーリーに限らずストーリーとして確実におもしろくなる要素になります。あとやっぱり信長は悲劇的な結末を遂げることもみんな知っているから、そこに向けていやが応にも緊張感が持続することも良さだなと思っていました」

――普遍性があるということですね。

古沢「中小企業の小さな会社のやんちゃな2代目、あるいはボンボンみたいな人物が、ライバルである大手企業の社長の娘と結婚させられて、いやいや跡を継がされるけれども、やっているうちに大きなビジネスを成功させて、妻の会社は潰れちゃったけど全部その負債も背負って、自分の会社を大きくしていく。小さなベンチャー会社が巨大な会社になっていく。最初は夫婦二人三脚でやっていたけれど巨大になっていくに従って関係性が変わっていく。現代の感覚でいうとそういう物語です。僕は木下恵介監督の『お嬢さん乾杯!』という昔の映画がすごく大好きで、最初はあんな感じを目指していたんです。出来上がった映画はまったく違いますけれど(笑)」

――濃姫がすごく強いです。綾瀬はるかさんだからあそこまで強い人になったのでしょうか。

古沢「元から強い濃姫にしようと思っていました。濃姫は戦略の一つとして他国に何度も嫁がされていますが、彼女のような戦国時代の女性は、ともすれば三つ指をついて男性に黙って従うような描かれ方になりがちで、戦が主になるとどうしても城の奥に引っ込まざるを得なくなってしまいます。でもそうはしたくなくて、信長と対等に立ち向かうことのできる存在にするために思いきり力を込めて強く描きました。綾瀬さんがやってくださったおかげで濃姫の強さに説得力も増しました。斎藤道三が作り上げたサイボーグというようなイメージに仕上がったと思います。映画『ニキータ』のイメージかな」

――木村さんも綾瀬さんも本当にアクションもすばらしくて。古沢さんは、完成版をご覧になってどうでしたか?

古沢「久しぶりに、映画らしい映画を観たな!という充実感がありました。僕もそうでしたけれど観客の皆さんも、ひと言では言えない、様々な感情を胸いっぱいに抱えて映画館を出ることができるのではないかと思います」

――それは古沢さんのねらい通りですか?

古沢「ねらい以上だった部分もあります。最初にお話したような僕がやりたかったラブコメだと小規模に公開するような映画にしかなりえなかったと思いますが、大友監督が参加してくださって大きなスケールで描いてくれて、単純な夫婦のラブストーリーでは収まらない、壮大で壮絶な、2人の人間の生き方が収まった映画になりました。歴史を知らなくても楽しめるし、歴史ファンが観ても楽しんでもらえる、いや、むしろ歴史ファンこそおもしろがってもらえるかもしれません」

――すごく壮大でした。ネタバレになるので具体的なことは言葉にできないですが、誰もが知っている信長の生涯に古沢さんらしい意外性もあって楽しめました。

古沢「ラストは書きながらどうしようか悩んで、書いている途中で決めました。ただ、出来上がったものが僕の想像以上に徹底的に画にしてくださっていて、そこが映画を見て驚いたところかな。大友監督が僕の想像の部分をとことんリアリズムで描ききって、しかもたっぷり尺をとっていて、僕がイメージしていたよりも壮絶でかっこよかったですね。ズシンとしたものが残るんじゃないかと思います」

取材・文/木俣 冬