時代考証学会会長に聞いてみた!

取材・文/タナカシノブ
意外と知らない歴史のあれこれもこれでバッチリ!
大石学先生(東京学芸大学名誉教授・時代考証学会会長)に聞く、レジェバタ歴史教室!

映画『レジェンド&バタフライ』をより深く楽しむためのWEBマガジン「レジェバタ公記」。織田信長と濃姫の物語を描いているということで、もちろん舞台は「戦国時代」なのだが、歴史=ちょっと難しいと捉えている人も少なからずいるのでは? そこで今回は、本作の時代考証を担当した時代考証学会会長の大石学先生へのオンラインインタビューを実施。戦国時代ってそもそもどんな時代だったのか、信長と濃姫はどんな夫婦だったのか、時代考証ってどんなことをするのかなどなど、素朴なギモンを直撃。『レジェンド&バタフライ』がもっと楽しくなる、知ってそうで意外と知らない歴史のあれこれを教えてもらった!

Q:そもそも「戦国時代」ってどんな時代だったの?

A:「日本の歴史を大きく分類すると古代、中世、近世、近代に分けられます。古代は天皇や貴族が中心に政治を行っていましたが、中世には武士が加わってきます。日本各地で武士が領国を形成し、武力によって日本を統一していく過程、それが戦国時代です。例えて言うなら“力の時代”で、そのなかでのヒーロー、成功者が織田信長です。その信長が作った時代を豊臣秀吉が継ぎ、徳川家康が完成させます。日本統一は同時に身分の確立を意味します。普段は農作業をしている農民も、戦(いくさ)になると農具を捨てて刀を持って出かけていく。戦国時代、農民と武士がはっきりわかれていません。そこから“兵農分離”、つまり農民と武士を分ける道を主導するのが信長、秀吉、家康です。農民が持つ弓や槍、刀を国家が独占する過程にある時代なので、『平和』の構築の過程とも言えます」

Q:織田信長って超有名だけど、なにがそんなにすごいの?

A:「古代、中世に展開してきた権威と権力を一掃してしまう大胆さですね。旧体制(アンシャン・レジーム)を破砕し、新しい社会を構築しようという日本の歴史としては珍しく思い切った変革を目指した人です。もしも本能寺の変が起こらず、信長が全国を統一していたら、君主が国を統治する全権を持つ絶対君主制になっていたと思います。強い意志と行動力で政治や経済の新しいシステムを作ろうとした点が、現代の私たちが彼に魅力を感じるポイントなのだと思います」

Q:出世して、天下統一するにはなにをすればいいの?

A:「言い方は悪いですが、人を殺せば殺すほど英雄に、人の土地を奪えば奪うほどリーダーになる、そのように厳しい時代が戦国時代です。合戦で手がらを立てることが出世する方法の一つです。天下統一とは武力による制覇、武力のトーナメント戦を勝ち抜くことを指します」

Q:『レジェンド&バタフライ』で信長が暮らしていたお城は豪華で広々!どんな生活をしていたの?

A:「お城は軍事司令部ですが、戦いのない時は行政官庁になります。家臣の武士たちは城下町にいて、日々城に通って行政を担当します。城は大名の私生活の場所であると同時に行政と軍事を行う場所です。職住一致というイメージです」

Q:戦がない時はなにをしていたの?

A:「読書をしたり、武芸を嗜んだり、時は、妻や子らと遊ぶこともありました。領内で鷹狩りをしましたが、妻子を連れてピクニック…みたいなことはあまりなかった時代です。出かけるのは、先祖をお祀りしている菩提寺に行く程度。娯楽は囲碁、将棋、乗馬など室内や庭先でできること、そんな感じでしょうか」

Q:当時の戦はどんな風に戦っていたの?

A:「基本的には刀、槍、弓を使って戦っていました。馬に乗る人が一家の長で、その周りを家臣や奉公人が固めます。この騎馬の小集団が『一騎』です。最初は飛び道具の弓、次に長い槍で攻め、接近戦になれば刀を使います。1543年に種子島に鉄砲が伝わってきますが、これが普及すると“長篠の戦い”の織田軍のような鉄砲隊になっていきます」

Q:戦国時代にはどんなものを食べていたの?

A:「当時日本を訪れた外国人が記した記録によると、米を主な食料とし、麦、大麦のほか、大根やナスなどの野菜を食べていたようです。果物は梨やざくろ、栗。肉よりも魚を好むと記録されています。『レジェンド&バタフライ』にも出てきますが、儀式や宴でお酒を飲むことも多く、儀式儀礼のルールは細かくて厳しく、会食は重要なイベントでした。箸も広く利用され、食べ物に直接触らない清潔な民族とも記されています」

Q:劇中では信長が金平糖を食べているけど、当時のおやつとしてメジャーだったの?

A:「饅頭など、いまの和菓子につながるような甘いものは一般的に食べられていました。金平糖のなど洋菓子もありましたが、信長など限られた人以外は食べたことはないと思います。糖分は蒸した芋などから摂っていました。そもそも当時は、1日2食の時代なので、おやつという発想はなかったはずです。贅沢品ですからね」

Q:信長が金平糖を広めたっていうのは本当?

A:「この時期、金平糖が広まった事実と、新しい物好きという信長のイメージが重なって出てきた説だと思いますが、史料的には確認できません。ただ、もしも信長が食べていれば、家臣たちが真似して広がるという影響力はあったかもしれません(笑)」

Q:「~という説もある」という記述をよく見かけますが、実際のところなにを信じたらいいのでしょうか?

A:「映画や小説はフィクションですから、可能性はいくらでも膨らませられます。それはすごく楽しいけれど、歴史や史実はそういうわけにはいきません。“説”とは、その可能性を広げて、、ここまでは言えるという部分を指します。例えば、坂本龍馬がいつブーツを履いたか、本当のところはわかりません。でも、ブーツを履いている写真はあります。長崎で海援隊をつくったときというのも一つの可能性になるわけです。その妥当性を、歴史学が検証するわけですが、伝説が説になることがあります。他方、新しい資料が発見され、それまでの説がひっくり返ることもあります。それが歴史のおもしろいところです」

Q:本能寺の変の“変”ってどんな意味?

A:「例えば、“乱”は政治体制が替わってしまうような大事件を指します。一方で、“変”は政治体制の変革に及ばない事件です。本能寺の変は政治的支配層の内部に起こった権力闘争であり、政治体制の変革を意味するものではなかったと解釈されています。信長がもたらした変化が大きすぎるため、乱と認められなかったわけです。明智光秀は憤慨しているかもしれません」

Q:大石先生のお仕事である「時代考証」はどんなことをするの?

A:「資料に基づいて、映画のストーリーやシーンの「らしさ」を高める仕事です。『レジェンド&バタフライ』では、冒頭の濃姫の婚姻シーンは当時の嫁入りの習慣にふさわしいかなど、企画の段階から監督をはじめ制作スタッフさんとやり取りをしながら、『この史実はうまく使って!』とラインマーカーした史料を提示して何度も話し合います。途中で台本もチェックします。撮影に入ると今度は現場から座る順番や位置、合戦での軍議などの参考資料も示します。スタッフさんたちに“伴走”するような感覚ですね」

Q:これまでどんな作品の監修をしてきたの?

A:「大友啓史監督とは付き合いが長く、NHK大河ドラマ『龍馬伝』や映画『るろうに剣心』シリーズ5作すべての時代考証を担当しました。『レジェンド&バタフライ』はコミカルな部分もあり、楽しく仕事をしました。『るろ剣』シリーズのようにシリアスな部分をガンガン攻めるイメージがあったので、監督の新しい一面を見た思いです。」

Q:『レジェンド&バタフライ』の時代考証ではどんなところがポイント?

A:「セリフや楽器など、海外の要素をふんだんに取り入れているのは従来の作品とは異なるところです。普通なら“桶狭間の戦い”を描き、“本能寺の変”まで描くわけですが、今回は“桶狭間の戦い”の合戦が描かれません。実は当初、タイトルが『桶狭間』となっていたくらい、重要なシーンだったはずなのに、バッサリとカットしたのは大友監督らしいと思いました。本能寺の変の描き方も独特で、詳細は明かせませんが、観る人の印象に残るエンディングになっています」

Q:先生が見た、『レジェンド&バタフライ』の見どころを教えて!

A:「信長・濃姫夫婦の間柄です。どのような夫婦だったのか、本当はよくわかりません。革命家信長の不器用な愛情の示し方は印象的です。濃姫もしっかり自立しており、自らの役割もわかっている。両者の立ち位置は、現代に生きる我々から見ても非常に新鮮で、心温まります。武士とその妻という立場を崩さず、絶妙な感覚で支え合う二人を描いています。それを木村さん、綾瀬さんがしっかりと演じられているので、ラストシーンも違和感なく受け入れられるのだと思います」

取材・文/タナカシノブ