「レジェバタ」撮影現場潜入記

取材・文/新谷里映
豪華絢爛なオープンセットから国宝、重要文化財の“本物”も駆使…
思わず見惚れる、『レジェンド&バタフライ』贅沢な撮影現場に潜入!

映画『レジェンド&バタフライ』をより深く楽しむためのWEBマガジン「レジェバタ公記」。第2回では、映画ライター・コラムニストの新谷里映氏が潜入した、『レジェンド&バタフライ』撮影現場の模様をお届け!本作はどのような場所で、どんな雰囲気に包まれながら作られていったのか…?その全貌が明らかに!

風さえも味方に!?木村拓哉、16歳の織田信長になる!

2021年10月2日。織田信長役の木村拓哉がクランクインと聞き、山形の庄内地方へ向かった。過去にいくつもの日本映画が撮影されている「スタジオセディック庄内オープンセット」の一角に見えてきたのは、那古野城(なごやじょう)!生涯で5回城を移り変わった信長の最初の城だ。小規模な平城とはいえ、城門の前には堀があり、メインキャストとエキストラをあわせると約200名近くが美濃の輿入れ軍としてスタンバイしていた。

この日は、16歳の信長が15歳の濃姫と出会うシーン。気になるのは、40代の木村拓哉と30代の綾瀬はるかが10代を演じるということだ。後々、VFXの技術を使って若く見せることができるとしても、オープニングでもあるこのシーンで2人がどんなふうに登場するのか、心が躍らないわけがない。撮影準備が進められるなかロケセットに足を踏み入れると、そこには16歳の織田信長=木村拓哉がいた。いかにも“やんちゃ”な若殿という雰囲気の衣裳とメイクではあるが、想像していたスター木村拓哉ではなく、どう見ても信長。10代の信長だった。

そんな木村のファーストカットは、輿が到着するのを待ちきれずに、物見櫓(ものみやぐら)に駆け上り、櫓から濃姫を見るというシーンだった。信長の居室から飛び出し、人々を掻き分けて櫓に上る。その芝居は、巨大クレーンを使って一連で撮影するため、木村は、撮影前に何度も駆け上るスピードやタイミングを確認していた。その姿には、これから『レジェンド&バタフライ』の撮影が始まるという木村としての高揚感と、濃姫がやって来ることに対しての信長としての期待感、その両方が重なっていたのだろうか、木村から発せられる熱気も2人分、2倍に感じられた。

一連の撮影のなかで特に印象深かったのは、櫓に上ったあとの木村の若々しい芝居だ。犬千代、勝三郎、橋介たちがハイテンションで興奮する傍ら、信長は、最初こそ険しい顔をするが、輿を見つめるその目は未来を見つめているようにも見えた。何とも爽やかで何とも深い、木村の信長が登場したという存在感を放っているよう。そして、木村が櫓の手すりから身を乗り出したときに、風が吹いたのだ。すごくいい風が絶妙なタイミングで吹いたのだ。「ああ、ここから『レジェンド&バタフライ』は始まるのだな」という、まるで子どもが冒険に出る時のようなワクワクする気持ちが芽生えたのは言うまでもない。

信長と濃姫の初夜で繰り広げられる一触即発バトル!

10月16日。この日は、東映京都撮影所に作られたセットで信長と濃姫の初夜のシーンの撮影だった。『レジェンド&バタフライ』は、木村拓哉が「信長として京都に帰ってきたい」という長年の想いが実現した作品でもあり、ロケ以外の撮影はすべて京都の撮影所で行われている。その数、6つのステージに十数セット。那古野城の外観は豪華なオープンセットが建てられたが、各居室は撮影所に作られた。

祝言を終え、初夜を迎える信長と濃姫。初夜という響きからロマンチックな夜を想像するかもしれないが、この2人は政略結婚、この物語は最悪の出会いから始まる夫婦の物語であり、初夜のシーンは事前にアクション練習をするほどのバトルが繰り広げられる。まずは約6ページにわたる芝居の前半4ページ分を一連で撮っていく。時間にして5分半。酒を注げ、肩を揉め、脚を揉め……緊張して強がっているのだろうか、横柄な態度をとる信長に対して、濃姫が物申すことでバトルが勃発する。そもそも「自分は尾張を攻め落とすために送り込まれた」と言う濃姫。勝ち気で頭もきれる、現代でいうならばやり手の経営者のような女性像だ。しかも今回が三度目の結婚。口を開くまでは、美しく淑やかな女性に見えていたが、実はそうではなかった──というギャップに信長は対応できず、カッっとなって刀を抜いてしまう。けれど、その刀すら濃姫にもぎとられて、汲み伏されてしまうというシーン。

結婚早々の壮大な夫婦喧嘩と捉えることもできるが、時代は戦国、互いに尾張と美濃を背負う者であるがゆえに引くに引けない。そんな本気のバトルのなかに絶妙なコミカルさを混ぜて演じているのが、木村と綾瀬のすごいところ。過去に共演経験があるとはいえ、会話も、アクションも、ぴたりと息のあった芝居に見惚れてしまっていた。そして、信長の「出会えー!」のひと言で、濃姫を見守るお付きの人たちが芝居に加わると、怒号が飛び交い、一触即発!ではあるけれど、どこかクスクス笑ってしまうシーンになっていた。後に魔王と呼ばれる信長にも、こんな一面があったのかという新しい信長像に脅かされた。ちなみに、見た目以上に芝居の動きはハードらしく、綾瀬の衣裳が破けて、中谷美紀の演じる各務野が繕っているシーンもカメラに収められていた。

なんと国宝の寺も!驚愕のロケで1560年の京都の街並を再現

10月26日。『レジェンド&バタフライ』のロケ地は、重要文化財や国宝とされる場所がほとんどだ。なかにはこんな場所で撮影ができてしまうのか!?と驚くロケーションもあり、この日のロケ地は高雄山の中腹に建つ神護寺。薬師如来像をはじめ日本三名鐘のひとつとされる梵鐘(いずれも国宝)を有する真言宗の由緒ある古い寺だ。そんな風光明媚な金堂や石段で撮影を行うだけでなく、驚いたのは、石段を降りた先に広がる道の両脇には、骨董品屋、団子屋、反物屋などさまざまな出店が所狭しと並び、数百人のエキストラが物売りや行き交う街の人々に扮し、まるで1560年代の京都にタイムトラベルしているかのような活気が作り出されていたことだ。大友組と京都の職人チーム、各部署の連携によって生み出される巨大な芸術ともいえるその風景に心が躍った。

出店の品々はもちろん、エキストラひとりひとりが身に着ける物、小道具と装飾の部署が用意する物、その数はなんとも膨大だ。なかには、信長にまつわる有名なアイテム“三足の蛙の香炉”や“金平糖”もあった。秋の山の天気は移ろいやすく、午前中は通り雨に見舞われるなど心配はあったが、雨が上がったあとの空気はとても澄んでいて、木々の間から太陽の光がまばゆく差し込んでくる。そんな美しさと活気に満ちるロケーションのなかで撮影されるのは、身分がばれないように扮装した信長と濃姫が、こっそりと京の街を散策するなんとも微笑ましいシーンだ。

賑やかな通りの一画では、南蛮人(スペイン人)の商人たちが見知らぬ楽器で音楽を奏で、陽気なダンスを踊っている。最初は濃姫が踊りの輪のなかに引っ張り込まれ、続いて信長も踊る。この映画のなかで、最も楽しいシーンの一つでもあり、木村も綾瀬も本当に楽しそうに踊っていた。大友監督の「カット!」の声がかかるたびに、エキストラから拍手が!こういうシーンにおいては、エキストラの格好もリアクションも重要になってくるが、大友組は細部まで完璧。リアリティある衣裳とメイク、そして当時を生きているかのような行動を1人1人が演じていることにも驚かされた。早朝7時から始まった神護寺での撮影は、日が傾く頃まで続いた。

木村拓哉、闇に落ちた魔王信長の凄まじい怖さを体現!

11月26日。この映画では、10代で出会い40代の最期まで、信長と濃姫の約30年の人生が描かれる。若く初々しい10代から物語は始まるが、この日の撮影で目にした信長は、闇に落ちた信長、比叡山延暦寺の焼き討ちを命じるシーンであり、何とも恐ろしいオーラを纏った木村拓哉がいた。37歳の信長だ。岐阜城の広間としてロケ場所に選ばれたのは、京都を代表する大寺院の妙心寺。そこに、前田利家、池田恒興、明智光秀、木下藤吉郎、柴田勝家など、主要メンバーを筆頭に50数名の家臣たちが控え軍議が行われている。全員しずかに信長が口を開くのを待ち、鼓動が聞こえてきそうなほどの緊張感が漂っている。信長が扇子をパチリパチリと鳴らす音が響いている。メイクや照明による効果ももちろんあるだろうけれど、こんなに怖い姿は見たことがない──というほどの空気を放っていた。

大友監督の作品は、どのシーンでもスモークが用意されているのだが、このシーンにおいては、木村の全身から放たれる狂気がゆらゆらと立ち上がっているようにも見えた。木村が鎮座する背後には巨大な家紋、織田木瓜(おだもっこう)が飾られている。撮影後に行われた会見で、木村家の家紋も“織田木瓜”で縁を感じたというコメントがあった。「織田信長は残虐的な行為もしてきたけれど、歴史を学ぶなかで、その行為の根幹にあるものを知っていくうちにどんどん魅力を感じていった」と木村は語っているが、いま思い返すと、その言葉と重なるシーンがまさにこの日の撮影シーンでもあった。

新解釈で描かれる、桶狭間の戦い前夜に生まれた“絆”シーン

12月2日。東映京都撮影所を訪ねると、6つのステージのうちの一つに清洲城(那古野城の次に信長が移り住んだ城)の広間が作られていた。ドラマ撮影と違い映画の撮影では、時間経過どおりに撮影することはほとんどないため、この日の撮影は、前回、撮影現場を訪ねたときよりも10年遡った年代だ。この日は、今川義元らの大軍勢とどう戦うのか──織田信長を描くにあたり、外せないエピソードの一つ、桶狭間の戦い前夜のシーンの撮影だった。

これまで数多くの作品で桶狭間の戦いは描かれてきたが、脚本の古沢良太が『レジェンド&バタフライ』で用意したのは、桶狭間の戦いの勝利の背景に、濃姫の存在があったというオリジナルの解釈だ。軍議を開いても何も案が出ず、絶望感がダダ漏れの状態で広間に寝転がっている信長。そこに濃姫がやって来て、信長と共に策を練り、どんどんヒントを与えていく。綾瀬にとっての見せ場の芝居の一つでもあり「マムシならどうやる」という信長の問いかけに、自ら手本をみせる芝居は圧巻!静かな語りかけで始まり、徐々に声を大きくし、最後は「ひたすら励めぇ!」と腹の底から声を張り上げる。気づけば綾瀬のセリフに聞き入り、まるで自分が家臣になったつもりで、「おおー!」と思わず応えたくなるような、そんな芝居だった。

台本のページにすると約6ページ半、一連の芝居としては約6分。どういう動きにするのかを確認しながら、何度もくり返し撮っていく。このシーンを見ていて思ったのは、こうやってこの夫婦は絆を深めていったのではないかということだ。現代においても、リーダー的存在の人は偉くなるほど背負うものが大きくなり、孤独になっていく。信長も例外ではない。そんな信長にもの怖じせず意見を言うことは、濃姫なりの愛情だったと受け取ることもできる。そして、一緒に策を練るなかで、活き活きと戦略を語る濃姫の姿を、信長は愛おしいと思ったのではないだろうか。木村の眼差しはそんな眼差しだった。

そういう意味でも、この日の桶狭間の戦いの前夜のシーンは、生きるか死ぬか崖っぷちの状況ではあるが、2人にとってはとてもロマンチックな瞬間だったのではないかと。だからこそ、この後に待ち受ける2人のすれ違いの人生が切なくもあるのだけれど…。とにかく、2人が恋に落ちた瞬間があるとしたら、このシーンなのではないかと思える、見ごたえのある芝居だった。

取材・文/新谷里映